毎回行っている議案研究。こうしてみなさんと共有することで、地方自治の勉強にもなるのではと期待しています。
以下のエントリーは9月3日に投稿したものですが、なんと7日の本会議で「議案撤回」となりました。理由は「事務手続きについて再考すべき事項があるため」。
ぼくとしては以下に記述するように本議案について「政教分離」の観点から研究し、一定の理解をしたわけですが、「事務手続きについて再考すべき事項」というのは、要するに当局としてはそこまで十分に検討して提案していなかったということです。
憲法違反になるかもしれない議案に関して、十分な検討もせずに提案するなんてあきれます。実際に憲法上どうであるかは別にして、事務手続きにおけるコンプライアンス違反と指摘せざるを得ません。
本議案が今後どのような形で再提案されるか分かりませんが、以下の議論は有益であろうと思いますので、このまま残します。法律の専門家ではなく一議員としての政教分離考としてお読みください。
(以上9月8日追記)
宗教法人への公有財産の譲渡
今回、まずは次の議案を検討します。
議案70号 市有財産の無償譲渡
慣例で地元の自治会等が使っていた土地を、現状に即して利用者に無償譲渡するという、よくあるタイプの議案です。
ただ気になるのは、譲渡の相手方が宗教法人である点。
簡単に言えば、それまで神社の敷地として利用されていた市の土地を、実態に即して神社に譲渡しますと。
面積的には181平方メートル。べらぼうに広いわけではありません。
地元自治会を経由しても良かったかもしれませんが、一足飛びに神社を預かる宗教法人に譲渡する。
さて。
厳密に考えて政教分離の観点から許されるのでしょうか。
政教分離の原則とは
まずは憲法にあたりましょう。20条です。
第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
(2)何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
(3)国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
さらに財産との関係で89条。
第八十九条 公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。
簡単にまとめるなら、次の3点が「政教分離の原則」として明記されていることになります。
- どんな宗教団体も政治権力を行使してはならない。
- 公共団体は宗教活動をしてはならない。
- 公の財産を宗教団体に支出したり利用させてはならない。
なるほど。
むむ、しかしそうなると、そもそも市有地を宗教法人に対価なく利用させていたとすれば(対価については未確認)それ自体憲法違反だし、まして無償譲渡するなど論外、と言えそうです。
しかし結論から言えば、そう問題視することはないと判断しました。
どういうことでしょうか。
政教分離は形式ではなく目的効果基準で判断
ここから先は、文化庁文化部宗務課から出ている「宗教時報」No.120(平成27年10月)」掲載の「判例における政教分離原則(田近肇)」を手がかりに考えていきます。
この論文では、政教分離に関する代表的判例として、津地鎮祭事件最高裁判決(最大判昭和52年7月13日民集31巻4号533頁)をあげています。
最高裁はその中で、政教分離原則は「国家が宗教とのかかわり合いを持つことを全く許さない」ものでは無いとしています。
つまり、次のように柔軟に考えるものだと。
- その行為が宗教的意義を持ち、その効果が宗教に対する援助等または干渉等になるかを判断基準とし、
- 外形的側面のみにとらわれず社会通念に従って客観的に判断する。
これを、目的効果基準と言うそうです。
論文では、その後多少は変更もあるように受け取れると指摘していますが、基本的なところではこの基準は大きく変わっていないと考えてよいようです。
目的効果基準では、政教分離の判断は次の2つの基準から判断されることになります。
- 行為者の「目的」が宗教的意義を有するか否か
行為自体を客観的に見て、一般人が社会的儀礼の一つにすぎないと評価する以上に宗教的意義を有するかどうか。 - その「効果」が宗教的意義を有するか否か
一般人に対して、特定の宗教団体を特別に支援しているとの印象を与え、その宗教への関心を呼び起こすかどうか。
村社に対して市有地を譲渡するなら許されるのではないか
今回の議案の案件、外形的には憲法違反に受け取れるのですが、目的効果基準に照らして考えてみます。
1.行為者の「目的」が宗教的意義を有するか否か
譲渡の相手方は宗教法人とはいえ、その実態は村社と思われます。日常的に布教活動が行われているわけではなく、秋祭りなどに村総出で関わっているような位置づけではないでしょうか。おそらく多くの人にとって「行事」のひとつ、日常の信仰心の延長であり、特定の宗教的意義を持ったものとはとらえられていないと想像します。
2.その「効果」が宗教的意義を有するか否か
市有地をこの宗教法人に譲渡することが、一般の人にその宗教を支援しているようにとらえられるかどうかです。現実的には、その土地は長らく神社の敷地として利用されてきたものであり、また、このような慣用で利用されてきた土地の無償譲渡は、今回のケースに限らず多く先例があります。今回のケースが、特段に特定宗教の支援だと市民が受け取る可能性は低いと考えます。
こうして考えていくと、目的効果基準からすれば、今回の議案は順法であると、ぼくとしては評価しました。
ただ、市としてこうした厳密な考えをふまえて今回の議案提案に至ったか、たとえば顧問弁護士に相談したかどうか。
ぼくとしても譲渡の相手方の宗教法人の実態を知りませんので、前述した論が成り立つかどうか、そのあたりも確認が必要です。
結果はともかく、コンプライアンスの問題として市政の進め方に関わることですので、尋ねておきたいと思います。
(9月8日追記)
本議案に関する憲法上の考え方を当局に資料請求しました。
それがきっかけという事情もあったようです、冒頭にも追記しましたように、本事件は「議案撤回」となりました。
「市有地を宗教法人に譲渡することは可能か?ー政教分離の原則に照らしてー」への1件のフィードバック