「自己肯定感」はいつから使われ始めたか

 2月4日(土)の午後、「自己肯定感とこどもの権利」を副題とするシンポジウムを、市議会の委員会主催で行います。
 ぜひ、皆さんいらしてくださいね。

 自己肯定感(Self-Esteem)という言葉を、教育とからめてぼくが明確に意識したのは、2005年4月号『日経サイエンス』に掲載されていた「前向き思考で成功できるか(R.F.バウマイスター他)」を読んだときでした。
 当時の日本では「自己肯定感」がそれほど重視されておらず、正直、アメリカでこれほど論争の種になっていることに驚いた記憶があります。

「自己肯定感」はいつから言われるようになった?

 日経サイエンスの小論では、Self-Esteemに「自尊感情」という訳語があてられていました。
 Self-Esteemは何と訳すのが適当なのでしょうか。

 本稿を書くにあたって主に参照した「非認知的(社会情緒的)能力の発達と科学的検討手法についての研究に関する報告書」(国立教育政策研究所,2017)では「自尊心」、『非認知能力』(小塩真司,2021)では「自尊感情」としています。
 訳語には揺れがあるようです。そこでGoogle Trendsで検索数を調べてみると以下の通り。2016年半ばから急激に「自己肯定感」が伸びています

 なにがあったのでしょうか?

政府で注目され始めた「自己肯定感」

 教育と絡めてなので、まずは文部科学省かな。そう推測してホームページで確認すると、ああ、きっとこれです。

日本の子供たちの自己肯定感が低い現状について(文部科学省、第38回教育再生会議実行会議参考資料)」2016年10月28日付。

 当時開かれていた「教育再生会議」で、自己肯定感が話題になったのですね。
 その後第十次の教育再生会議提言(2017年6月1日)のテーマはまさに「自己肯定感を高め、自らの手で未来を切り拓く子供を育む教育の実現に向けた、学校、家庭、地域の教育力の向上」です。詳しくは「教育再生実行会議 提言」からご確認ください。

 こうした文部科学省における議論が報道され、一般にも「自己肯定感」という言葉が浸透し始めたのではないか。

 さらに源流をたどると、2014年に発表された内閣府の『子ども・若者白書』に行き当りました。「特集 今を生きる若者の意識~国際比較からみえてくるもの~」において、日本の若者は自己肯定感が低いという、国際比較が掲載されています。

 日本人は国際比較が好きですからね、報道で取り上げやすいネタでもあったのでしょう。

 国際比較については、さらに5年前、古荘純一『日本の子どもの自尊感情はなぜ低いのか』(2009)でも行われています。

 この研究は、2007年2月に発表されたユニセフの研究所による先進国の子どもたちの幸福度調査結果で、日本が下位である(ことに「孤独を感じる」と答えた子どもが約30%と他の国の5~10%と比べて高い)ことを受けつつ、子どもたちの自尊感情を含むQOL尺度調査を行ったものです。
 その結果を分かりやすくまとめた書籍なので、ぜひご一読ください。

 ただし、書籍タイトルは「自尊感情」です。
 これらの問題提起をきっかけとして、知見の積み重ねが政治課題に取り上げられるにあたって、「自己肯定感」という用語が用いられるようになったということでしょう。

厳密には「自己肯定感」は「自尊感情」の下位概念

 ちなみに、ぼくの身の回りで「自己肯定感」という言葉が目立つのは、『子育てハッピーアドバイス』(明橋大二、2005)からの影響が大きいのかなと。
 議会でもそうですが、兵庫県丹波県民局の地域ビジョン委員として取り組まれてた子育て世代の方々もそうでした。そこで今回議会で主催するシンポジウムの講師も、明橋先生にお願いすることになりました。

 自己肯定感という概念の源流にあるのが、高垣忠一郎立命館大学名誉教授との指摘が、議員有志で行った勉強会で出ていました。
 高垣先生、1990年代から「自己肯定感」を利用され始め、2004年には『生きることと自己肯定感』という著書も出されています。

 先ほど、「自己肯定感」「自尊感情」等は揺れがあると紹介しましたが、「日本人青年の自己肯定感の低さと自己肯定感を高める教育の問題」(田中道弘,2017)では、文末脚注で次のように指摘しています。

本研究では,自己肯定感を「自己に対して前向きで好ましく思うような態度や感情」と定義する。さらに自己肯定感は,自尊感情(self-esteem)の下位概念として位置づけ,自尊感情の中核概念である Respect(尊敬・尊重)とを区別するものとする。(中略)自己肯定感を,自尊感情と同じ意味として捉えるという研究もあるが,学術的な位置づけとして分けて捉える必要がある。その理由として,そもそもself-esteemの訳語として自尊心や自尊感情という語が使用されてきたが,1990年以降の文化心理学の影響により,わが国の文化的背景に即した概念を模索し,検討する試みがなされるようになってきた。その結果,自己肯定感という用語が使用されるようになってきた歴史的経緯がある。

 なるほど。学問的に厳密には、自己肯定感と自尊感情を使い分けようと、提唱されています。

 これを理解するには、心理学用語としての「自尊感情」の理解が必要そう。

心理学の誕生と「自尊心」への着目

 ひとつ気を付けたいのは、日本語で「自尊心」というと「偉ぶっている」的なニュアンスが含まれかねないのですが、Self-Esteemの定義にそれは入りません。

 で、心理学用語としての「自尊感情」のこと(自尊心と自尊感情は同義と考えてください)。

 自尊感情が心理学文献に登場したのは、1892年のJamesによるものが最初のようです。心理学そのものが1879年に学問として独立したそうですから、ずいぶん初期からですね。
 このときJamesが定式化した自尊感情の公式、注目です。

自尊感情=成功/願望

 願望以上の成功をおさめれば自尊感情が高まる。これはなるほどです。ただ、見方を変えると、己を知りほどほどに願望を抑えることでも、自尊感情は高まるのですね。
 このあたり、詳しくは稿をあらためます。

 さて。時は下って。

 自尊感情を測定できるように尺度化したのはRosenbergです。彼の「Society and the Adolescent Self-Image(1965)」では、自尊感情とは「自己に対する肯定的または否定的な態度」としています。
 否定的という言葉が入っていてびっくりしますが、「自尊心が低い」という否定的な状況も含めて研究対象になるわけですから、考えてみれば当然か。「俺なんてどうでもいい」っていう感情も自尊感情(マイナスの)に含まれる。

 一方で「自己肯定感」と言うときは、「俺なんてどうでもいい」は含みません。「あなたはあなたのままでいいんだよ」が基本です。
 そういうわけで、特に子育てや教育面で取り上げるときは、「自己肯定感」を用いるようにしているのかなと推測しています。

「自尊心」にも分類がある

 余談ですが、自尊心にも「顕在的自尊心」と「潜在的自尊心」があるそうです。日本心理学会の心理学ワールド「自尊心(Self-esteem)とは何か」で知りました。
 言葉通り、意識的な自尊心が「顕在的自尊心」で、無意識に抱いているのが「潜在的自尊心」です。

 参考になる考え方なので、引用しておきます。

顕在的・潜在的自尊心の組み合わせから,顕在的自尊心が高い群を2種類に分けるというものがあります。それらは顕在的自尊心が高く潜在的自尊心が低い不安定的(insecure)高自尊心者と,顕在的・潜在的自尊心の両方が高い安定的(secure)高自尊心者と呼ばれています。そして,不安定的高自尊心者は,安定的高自尊心者と比べ,ナルシシズムが高く,自己評価に脅威を感じた時に自己や内集団の評価を上げるなどより自己防衛的な行動や発言をしたり,健康を崩す日数が多いことが示されています。

 自尊心が高いという単純な見方ではなく、無意識下の自尊心も高い方が心理的に安定するということですね。
 そして、無意識下の自尊心を高めるものこそ、子育てにおける「自己肯定感」の育成であろうと思います。

 自己肯定感とはどうあるべきか。さらに調べていくと面白いのですが、今回は言葉としての「自己肯定感」と「自尊心」をめぐっての話題にとどめ、その話はまたあらためて。

 以下にシンポジウムのチラシを貼っておきます。

self_esteem

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