連帯と承認―グローバル化と個人化の中の福祉国家

連帯と承認―グローバル化と個人化のなかの福祉国家 日本はどこに行こうとしているのだろう。グローバル化、個人化を前提とした改革が進められた後、格差の解消が言われる現在は、あるいは福祉国家であろうとしているのか。そんな思いから、これはまさに副題にひかれて手にした本だ。

福祉国家という言葉を、精密に理解していたわけではない。本書を通じて、あらためてその概念を整理していった。たとえば、福祉国家は、まず国家目標として存在すること。そしてその手段として、給付国家としての側面と、規制国家としての側面があること。

給付国家としての側面とは、社会給付の水準をもとに福祉国家を判断するものだ。

こちらは比較的順当な考え方だろう。この観点からは、日本における社会給付水準が1970年代を境に急上昇しはじめているという指摘が着目。日本の福祉国家化は、1970年代に始まっていたのだ(イギリスのそれは1940年代後半、韓国は1990年代)。

給付国家としての福祉国家を考える時、ぼくたちはコミュニティという連帯を前提として、どのような再分配構造をとるのか、を問わなくてはいけない。みんなが連帯して少しずつの負担をし合い、それを必要な人に分配する。

たとえば年金問題でも、「いくら払ったからいくら返ってくる」という投資的な基準だけで判断することは、本来できないはずだ。現役世代で高齢世代を担うというのはまさにそういうことを意味している。個人主義が高まり、ともすれば連帯の意義を忘れそうな現代ゆえに、あらためてぼくたちはそれを問い直さねばならない。

新鮮だったのは、規制もまた福祉国家の手段であるという指摘。

雇用の機会均等や差別撤廃、労働基準など、各種の社会規制は、確かに福祉国家を成り立たせる重要な要因だ。規制によってぼくたちは、市民間の相互承認を可能にしている。

承認という概念は深く理解しているわけじゃないのだけれど、たとえば労働ひとつとってみても、「個人の自由」と「協働」は対立する。それらをどう両立するか、相手の自由をどこまで承認するかというのが、ベーシックな問いだろう。

その問いへの答えのひとつが、規制ということになる。規制は必ずしも個人の自由を抑圧するばかりではない。効果的に行えばむしろ小規模な財政支出で可能な、費用対効果の大きな政策となりうる。(ちなみにこうした視点からは、アメリカはかなり進んだ福祉国家の側面を有するというのは発見だった=たとえばアファーマティブ・アクションなど)

さて、ここまで、福祉国家の概念を「連帯と承認」をからめて理解したところで、では、福祉国家がもたらす効果として、何が起こったかを武川さんは分析する。

そのひとつは資本制のもとにおける、(労働力の)「脱商品化」だ。

労働力の商品化というのは、自分の労働力を金銭的価値として提供することだ。これに対して社会給付の充実は、労働者の生活が労働市場へ依存する度合いを弱める。たとえば療養期間中の社会保障などがそれにあたるが、こうした給付は労働と賃金の関係を切断する(ここで出てきた、「脱商品化」を操作的に扱えるようにしたのが、エスピン=アンデルセンの「福祉レジーム」の3類型)。

福祉国家がもたらすもうひとつの効果は、家父長制の再生産であり、終焉だ。

扶養者控除などが典型だが、福祉国家は性分業を強化し、近代家父長制を再生産する作用を持つ。福祉国家にとって家父長制が便利なのは、それが資本制の下での商品化の限界(育児などの家事労働を典型とする)にある領域と、商品化された賃労働の関係を調整するシステムだからだ。

一方で、福祉国家は、家父長制から乖離させ「個人化」を推し進める作用を持つこともある。いわゆる「脱ジェンダー化」だ。介護保険などがその典型だろう。

では、福祉国家が現在置かれている問題とは何だろう。

一つは、主として財政難に起因する。これに関連しては、しばしば福祉国家から福祉社会へという論点が出されてきたが、武川正吾さんはむしろ福祉国家と福祉社会の協働に理想を見ている。ボランティアやNPOなどの登場を背景に、いかに両者が協働するかは、なるほど今日切実な課題だろう。

いま一つの問題として、グローバル化がある。移民政策ひとつをとっても、今や一国の社会政策とて、国内問題として片付けられない。これに対しては、世界共通の市民権を持った人に対して保証すべき最低限の基準(グローバル・ミニマム)と国民所得に比例する部分の二階建てで構想する、より進んだグローバル化で対応するしかないという論点が提示されている。

福祉のおかれた「今」を見るにあたって、新しい視点を教えてくれた。

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