分人をめぐる冒険~あるいはローカルへの分断をジャンプする

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いよいよ始まりました、東京での『ソシエテ・リベルテ』。8月から全6回(うち1回は丹波地域へのエクスカーション!)で開催するトークセッション。

テーマは「ココロ動くローカル」。地方創生と言われ、海士町や神山町、雲南市、塩尻市など著名事例も出てきて、地方でチャレンジする若い人が増えています。ところが社会全体としてみれば、依然として東京への一極集中が続いている。

これは、イノベーション理論でいうところの「キャズム(溝)」なのでしょうか。新しい挑戦を切り拓くイノベーターや、その人たちとともに真っ先に地方に移住するアーリーアダプターのところまでは進んでいる。しかしその先、マジョリティ(多数)が追随するには越えなくてはいけない溝がある。

仮にそうだとすれば、どうすればそのキャズムを超えて、ローカルに向かう人を増やせるのだろう。そんな問題意識から、六本木の国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)さんと一緒に開催しています。

第2回目は10月5日(木)の夜。これからの参加、また単回での飛び入り参加も歓迎していますので、どうぞ「こちらの記事」など参考にしていただいて、ご参加お申し込みくださいね。

8月3日(木)に開催した1回目、、GLOCOMの庄司昌彦主任研究員と一緒に進めさせていただきました。とても充実した時間で、思い出せばまだ余韻にひたれるほどです。大手新聞社や出版社、IT企業の社長さんなど多彩なメンバーの意見がいい感じで共鳴し、会場からも活発なご意見をいただいて。

2回目が待ち遠しい。

複属化する社会、あるいは分人の時代へ

自己紹介の流れで、まず初めに庄司さんからいくつかの論点を提示いただいたのですが、時間の都合上、中でも「複属化する社会」に焦点をあててその後の議論を進めていきました。

複属化というのは、個人が複数のコミュニティに所属する社会のあり方を表現した、庄司さんの用語です。当日丹波市からゲスト参加いただいていた「株式会社ご近所」のスタッフの日常がまさにそんな感じ。会社の顔もあるけど、さまざまな地域団体にも所属している。

仮にこうした社会のありようが定着すれば、会社や地域に縛られない、ということはローカルへの行き来も増える、そんな社会の礎になるのではないかと、そんな期待もします。

こうした視点は、平野啓一郎さんも『私とは何か』で「分人」という表現で指摘されていましたが、このところ売れている『ライフシフト』でも「ポートフォリオワーカー」と表現されていたりで、注目されている概念でもあります。

世の中としても、副業を認めるようになってきたり、個人にとってもひとつに縛られないことで、リスク分散にもなるわけです。庄司さんも、人口の奪い合いじゃなく人口シェアとでもいうのでしょうか、1/3移住とかそんなのもできるよねと指摘されていました。

ローカルでは複属化が日常に

ぼく自身、田舎へのUターンを決断した背景には、まさにポートフォリオワーカー的な暮らしで、リスクを大きく背負わなくて良かったという要素がありました。

今から10年前、当時連載していた神戸新聞の「随想」欄で、こんなことを書いています。

 迷うのは肩書だ。
 世の中、折にふれ職業なり肩書なりを添えることを求められる。そのたび、さてどんな肩書にしたものか、しばし考えこむ(たとえばこの欄の肩書は「著述家」になっているはずだ)。
 もう三十年以上前のこと、あれは祖父が持ち帰ったものだったろうか、たくさんの肩書が並んだ名刺を見て驚いたのだった。子供心に「自慢したいのかな」と感じてしまい、自分が大人になったらこんなことはしないぞって誓った。
 ところが、なのだ。
 ぼくには今、肩書がいくつかある。ボランティア系がほとんどではあれ、名誉職ではなく、みんな現役で活躍している。まちおこしNPOの代表、ある自治体の起業支援事業副委員長、大学系研究所の客員研究員。本業を問われても答えられない。どれを選ぶかは、相手との関係によって変わってくる。たとえばこの欄の肩書は、一介の物書きとしてあなたに接したいと考えて選んだ。
 もっとも、これは一人だけの悩みではないらしい。さいきん人と会うとき、実はこんな活動もしていますと、会社の名刺にNPOの名刺を重ねて出される方が増えた。これはこれはと受け取り、思いを共有する喜びに胸を震わす。相手の眼を見れば、きらっといたずらに光っている。
 ぼくはその瞳のきらめきが好きだ。社名を輝かせて差し出される場合より、ずっとすがすがしい。時代はきっと、そのきらめきに向っている。ひとつの会社や組織に縛られず、個人のしなやかな感性や能力を、さまざまな場所(ポスト)で活かす。幼い日の自分に言い訳するわけじゃないけれど、ぼくはそれを「マルチポスト時代」と名づけて、楽しみにしている。

(「たくさんの肩書」2010年1月)

マルチポスト時代。この言葉は広がらなかったけれど(笑)、言いたいことは複属化やポートフォリオワーカー、分人などと同じこと。ようやくそんな時代が実現するのかな。

ローカルのコミュニティ形成力

当日参加いただいたメンバーからは、「柏(都会)から水戸(田舎)に越したときに地域活動に関わる機会が増えた」と、ローカルの方が複属化が促進される様子を指摘されていました。その結果として、水戸では「地域活動のキーマンにつながり毎週のようにイベントがある」と言われていたのも興味深かったです。それというのも、まさに丹波市で起こっているのと同じような現象でしたので。

藤沢の周縁部にお住いのメンバーからも、「地方の方が自分の手に負える感じのニーズが見える」との体験談もあり、その結果として、自然の中での子育てグループなどが多く活動されている様子を紹介いただきました。

こういう現象は、元気な地域に共通の現象のようにも思います。庄司さんからは、「関わっている実感を持てる規模感があるはず」と指摘がありました。

地域におけるコミュニティ形成力とでもいうのでしょうか。そこまで至った地域とまだこれからという地域がありますが、その差はどこにあるのか。また、コミュニティ形成力の延長に、キャズムを超える仕組みが可能なのか。2回目以降、突っ込んでみたいテーマです。

会場からは、田舎の不便さゆえの異質性のメリットを指摘する声がありました。たとえば、都会では同じような人が集いがちだけれど、田舎では異質な人が出会うといった状況に見られると紹介されていました。

なるほど、都会では人が多いから、同好の士を見つけやすいメリットがある。逆にそれが、組織としての同質性につながるデメリットにもなる。ローカルはその逆で、人が少ない分、異質な人が集うことになってくる。

そういえば田舎のPTA活動で小学校の奉仕作業をするとき、庭師さんや土木業さんなどさまざまな技能を持った人がいて、けっこう本格的に校舎の整備ができたりするわけですが、それもまた「異質性」の一断面かもしれません。

ソシエテ・リベルテin東京、第2回は、丹波市と篠山市から、自らも移住者である若い移住相談窓口担当者をゲストに迎え、「地域における関わりしろ」を紹介いただきます。

その上で、第1回目で提出された論点、「ローカルにおけるコミュニティ形成力」について語り合えたらと思います。

地方に関わってみたいけれどどうすればいいかわからない、将来的には移住を考えている、そんな方々にとって、ほんと、刺激の多い場所になっています。ぜひ、参加いただいて議論の活性化にお手伝いください。

10月5日(木)の夜、会えることを楽しみにしています。お申し込みは「こちらのフォーム」から。

終了後の会場は懇親の場に変身。こちらもまた、盛り上がりました。

 

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