前回のブログ「いよいよ接種予約が始まるコロナワクチン-副反応、2回接種、変異株-」では、丹波市における予防接種の概要のほか、ワクチンに関連してよく聞く疑問についてご紹介しました。
今回は、ワクチンの仕組みや新型コロナウイルス感染症の後遺症などについて、もう少し踏み込んで紹介したいと思います。
先日、人気コミック「はたらく細胞」の新型コロナウイルス版が無料公開されました。厚生労働省も協力。
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以下の執筆にあたっては、『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』(峰宗太郎,2020,日経プレミアシリーズ)と『新型コロナの科学 パンデミック、そして共生の未来へ』(黒木登志夫,2020,中公新書)を参考にしています。
また、「徹底解説 COVID-19ワクチン接種」(日経サイエンス2021年5月号)、「徹底解説 COVID-19危うい後遺症」(日経サイエンス2021年6月号)、そして『新型コロナ、本当のところどれだけ問題なのか』(木村盛世,2021,飛鳥新社)なども参照させていただきました。
ちなみにCOVID-19っていうのは新型コロナウイルス感染症のこと。新型コロナウイルスそのものは「SARS-CoV-2」と称されています。
ワクチンが免疫力にはたらくしくみ
前回の「いよいよ接種予約が始まるコロナワクチン-副反応、2回接種、変異株-」で、ワクチンの役割は「ウイルスもどき」として体内に入り、対処法を身体に記憶させること(獲得免疫をつけること)、という話をしました。
このとき、教師役となるのが樹状細胞、記憶して全身を巡回するのがリンパ球(T細胞)。ワクチンは樹状細胞に教材となるウイルスもどきを渡しているのでしたね。
ウイルス(もどき)が体内に入ると、樹状細胞はそれを取り込み、構造解析して特徴(スパイク)を抜き出し、T細胞に伝えます。スパイクっていうのはウイルスが細胞にとりつくためのタンパク質の突起。
樹状細胞から突起の特徴を学んだT細胞。このうちヘルパーT細胞は、B細胞に働きかけてスパイクをふさぐ抗体を作ります。一方のキラーT細胞はウイルスが入り込んだ細胞を破壊します。この特徴を記憶しておき、いざ敵が侵入すると攻撃するというのが、免疫力の仕組み。
なので「ワクチン打ったから感染しない」ということじゃなく、ウイルスに感染しても免疫力によって発症を防ぐ、というのがワクチンのはたらきです。ワクチンの治験も発症の有無で有効性をはかっています。
さて。ワクチンにもいくつか種類があります。
もっともシンプルなのは、ウイルスそのものを接種するタイプです。といっても本当に病気になると困るので、弱毒化して接種する。「生ワクチン」と呼ばれます。
原始的ですが、BCGや風しん、はしかなど現役で活躍中です。
一方でウイルスそのものは殺してしまって、そのスパイク部(タンパク質)だけを精製して接種する方法があります。こうして作られるのが不活化ワクチン。
生ワクチンのように体内で増殖しないため獲得する免疫力が弱く、複数回接種することが必要になります。インフルエンザや日本脳炎などのワクチンがこのタイプ。
類似したものとして、タンパク質をウイルスから精製するのではなく、遺伝子組み換え技術で作るタイプもあります。組み換えタンパクワクチンと呼ばれています。
まったくの新技術、新型コロナウイルスワクチン
今回予防接種が始まる新型コロナウイルスワクチンは、これら従来の手法とはまったく違う「核酸ワクチン」と呼ばれるものです。
核酸っていうのはDNAやRNAのことですね。DNAっていうのは遺伝子情報を担っています。いわば設計図。この設計図を写し取りタンパク質を合成するのがRNAです。
これまでのワクチンは生であれ精製したものであれ、ウイルスの成分(タンパク質)を体内に入れていました。
この工程にはそれなりに時間がかかる。それならいっそ設計図を届けて体内工場でウイルス成分を作ってしまえばいいのではないか。これが核酸ワクチンのアプローチです。
ウイルスの設計図であるDNAを樹状細胞に送り込む。そうすると樹状細胞はDNAからメッセンジャーRNAを介してスパイクとなるタンパク質を合成する。
あるいは、メッセンジャーRNAそのものを樹状細胞に渡し、スパイクを合成させる。
日本で接種が始まったファイザー社による「mRNAワクチン」は、後者の手法です。メッセンジャーRNAを脂質のカプセルに包んで樹状細胞まで届けます。審査中のモデルナ社によるのもこのタイプ。
世界初の実用化ですが、遺伝子技術の進歩とともに、脂質に包み込むっていうドラッグ・デリバリー・システム(薬を目的地まで運ぶ手法)の発展も大きいですね。
血栓ができるとして一時利用が停止される状況もあったアストラゼネカ社などによる「ウイルスベクターワクチン」は前者のタイプで、DNAを体内に届けます(日本では審査中)。
この場合、DNAを他種の無害なウイルス(風邪を引き起こすアデノウイルスを弱毒化)に組み込んで樹状細胞までの運び屋(ベクター)として利用します。他にはジョンソン&ジョンソン社もこのタイプです。
日本製ワクチンの開発状況は?
そんな新しい技術ちょっと怖いな。そう思う人もあるかもしれませんね。
ぼくもできれば昔ながらの手法が登場するまで待ちたい気持ちがあります。
しかし厚生労働省の「新型コロナワクチンの開発状況について」を見ると、従来型の不活化ワクチンはようやく第1/2相試験をこの3月に開始したばかり(「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するワクチンKD-414の第1/2相臨床試験開始のお知らせ(KMバイオロジクス株式会社)」)。
ワクチンや薬の治験は、少人数で安全性を確認する「第1相試験」(臨床薬理試験)、プラセボなども交え比較的少人数で有効性や投与量などを調べる「第2相試験」(探索的試験)、そして多数の患者で調べる「第3相試験」(検証的試験)と進めるそうです。
その他の日本企業はどうでしょうか。
塩野義製薬は「組み換えタンパクワクチン」。第1/2相試験に昨年12月から入っています(新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンの第1/2相臨床試験開始のお知らせ)。
第一三共は「メッセンジャーRNAワクチン」。3月から第1/2相試験を開始(新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するmRNAワクチンDS-5670の第1/2相臨床試験開始について)。
アンジェス等が「DNAワクチン」。3月から第2/3相試験に入っています(新型コロナウイルスDNAワクチン: 第2/3相臨床試験における接種完了のお知らせ)。
そして、前述したKMバイオロジクス等による「不活化ワクチン」。
早いところでも「第3相試験」がようやく視野に入った段階。国内では感染者数が海外と比べて(言葉通り)桁違いに少ないので、統計的に有意な結果を出した上で実用化するにはまだ時間がかかりそうです。
当面は新技術、そして輸入に頼らざるを得ない。
新型コロナウイルス感染症の重症化と後遺症
新型コロナウイルス感染症は、重症化率の高さや長引く後遺症が懸念されています。
厚生労働省の資料によると、現在まで新型コロナウイルス感染症によって重症化する人の割合は1.6%(60歳代以上は8.5%)、死亡する人の割合は1.0%(60歳代以上は5.7%)といいます(「(2021年3月時点)新型コロナウイルス感染症の“いま”に関する11の知識」)。
免疫系が暴走するサイトカインストームが指摘されていますね。
重症化しやすいのは高齢者と基礎疾患のある方。これがワクチンの接種優先順位の根拠となっています。30歳代と比較して60歳代で25倍、80歳代で71倍の重症化率だそうです。
ちなみに季節性インフルエンザの死亡率は0.1%程度と推定されています。新型コロナウイルス感染症は、一桁違います。
季節性インフルエンザは感染症としては発生動向調査を伴う5類の分類ですが、新型コロナウイルス感染症は入院勧告と消毒を伴う2類です。入院を前提としつつこの数字ですから、今後発症者が増えて医療崩壊のような状態になると、いっそう死亡率があがるのではと心配が募ります。
また、最近注目されているのが、後遺症です。
慶応義塾大学が研究を進めていますが(「COVID-19 後遺症研究」)、4月中旬現在までに集まってきた250人のデータでは、約半数の人で半年後も症状が残っているとのこと。
回復したとしても後遺症が続くとなると、日常生活に支障をきたします。
どのような後遺症があるのでしょうか。
多いのが倦怠感や息切れで、嗅覚障害が続く人もいる。
頭がぼんやりする「ブレインフォグ」も頻度が高いそうです(「特別解説:COVID-19 危うい後遺症 体内で何が起きているのか」日経サイエンス2021年6月号)。
査読論文ではありませんが、英国では、新型コロナウイルスワクチンが重症化を防ぐ効果が報告されています(「New data show vaccines reduce severe COVID-19 in older adults」英国公衆衛生庁,2021年3月1日)。
後遺症については、報告を見つけることができませんでした。接種開始からまだ間がありませんから、これについてはやむなし。
ワクチン接種には社会のためという側面(集団免疫、医療崩壊の防止)もあるものの、最終的に打つ、打たないは個人の判断です。
また、ふだん自宅近辺のみが行動範囲で、定期的にクリニックに行かれている方は、かかりつけ医での接種まで待っても遅くないと思います。