農民の権利としての「種子」

 「種子法をめぐる議論沸騰」で、主要農作物種子法廃止に関する請願の審査についてご紹介しました。実はあの請願、その後請願者から一部修正したいとの理由で取り下げられました(これもまた異例のことです)。

 その後あらためて請願したいと相談があり、今度はぼくも紹介議員になる方向で、請願者の方々と議論をしました。
 というのは先の投稿でも書きましたが、党利党略的な流れに巻き込まれていて農業者さんの本来の思いをすくいあげる請願になっていないとの思いがあったからです。「一部修正」されるならぜひそれを手助けして、本質を伝える請願にしたいと思ったのです。

 こうしてあらためて提出した請願の審査が、金曜日、民生産建常任委員会でありました。
 説明員として出席しました。おかげさまで、前回は委員会で不採択だったのですが、今回は採択いただきました。

「主要農作物種子法」の復活では不安を解消できない

 農業者の方々と話していると、みなさんの不安の根本は、「種子が自分たちの手から離れてしまう」ところにあるように感じました。
 それはまた米や大豆の種子が入手できなくなったり、希少種など多様な特産品の種子が失われたり、あるいは気候変動時に適応できるような種子のバリエーションがなくなったりするのではないかといった不安でもあります。

 この不安を解消するのに、「主要農作物種子法」の復活ではまったく足りないどころか、的外れのように思います(詳細はのちほど述べます)。
 だから今回の請願では「主要農作物種子法の復活」は削除し、請願名も「公共財としての日本の種子を保全し、食の安全を守るための新たな法整備と積極的施策を講じることに関する請願書」としていただきました。

 どういうことか。

兵庫県の「主要農作物生産条例」で充分か?

 先に記しておくと、ぼくは今回の問題は、「育成者権」の保護が進む一方で「農民の権利」が軽視されているとの不安に根差していると考えています。

 2018年に廃止された「主要農作物種子法」は、都道府県が種子を保全し安定供給しなさいという手段を定めた法律です。
 いくら復活しようが「手段」の問題に過ぎない。それも多くあるなかのひとつの。目指すべきは、その根本にある理念として、種子を自由に入手し持続的に栽培を続けることは「農民の権利」であることを定めることでしょう。

 種子法廃止後、兵庫県では「主要農作物種子生産条例」を制定し、従前の種子供給体制を続けています。おかげで兵庫県の農家さんは安心して農業を続けられています。でもこの条例は、廃止された「主要農作物種子法」と同じく、あくまでもどのように種子を保全し供給するかという手段を定めたものです。
 国としてそのバックボーンとなる「農民の権利」を認めれば、こうした手段の必要性はその権利から派生することになりますから、財政状況等に左右されず守っていかなくてはならないということになります。

 ちょっと先走りました。まずは国際的に議論になっている「育成者権」と「農民の権利」二つの権利について、説明しましょう。

「育成者権」と「農民の権利」

 育成者権
 これは植物の新品種の創作を保護するもので、知的財産権の一種です。特許と同じく、新しい品種を開発したらその権利は開発者が独占的に保持し、他の人は自由に利用できませんという権利ですね。
 新しいものを開発するには多大な手間がかかります。活発な開発を促すために、品種の育成者の権利を保護することは重要です。
 最近ではソウルオリンピックの「もぐもぐタイム」で食べられていたイチゴが日本で開発されたものなのに勝手に海外で育てられていたという事例や、和牛の子種が中国に密輸されていたといった事例がありましたね。こんなことがあっては日本の農業の優位性が薄れます。競争力を保つために、遺伝子に関する権利は守らなくてはいけない。
 うん、分かりやすいですよね。

 農民の権利
 こちらは定義から言えば「品種の保全・改良等について過去・現在・未来に渡って農民が果たす貢献に基づく権利」ということになります。
 うー、難しい。
 要するにこういうことです。「農作物の保全や改良ってこれまで農民がやってきたしこれからもそうだよね、だから農民にとって種子を自由に手に入れ、育て、次の種を採っていくことって大切な権利なんだ。」

 はい。分かりますか?

「育成者権」は他者が利用することを制限するものであるのに対して、「農民の権利」は自由に使えることがたいせつというわけです。そう、対立する概念なんです。
 「漫画作品って漫画家の権利だから勝手に真似しちゃだめだよね」というのに対して、「自由に模写できるからこそ同人誌があり漫画が発展する」というのと似てるかな。

 この二つの権利、「育成者権」と「農民の権利」の整合について、いま国際的に努力がなされているところなのです。

国際的な合意形成と日本の取り組み

 育成者権については、1961年「植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOVと略します)」が発効し、日本は少し遅れて1991年に加入しました。
 その第2条に「締約国は、育成者権を与え、これを保護する。」とあります。加入から7年後の1998年、日本政府は国内法として「種苗法」を整備しました。

 はい、種苗法というのは、育成者権を守るための法律です。権利を持たない人が勝手に種を入手し育てることを禁止します。
 前述のように最近では植物の遺伝資源についての保護意識が高まっていますから、種苗法で守る範囲も広くなっていかざるを得ません。
 最近、「種苗法で自家採取が原則禁止になる」とにぎやかに言われますが、種苗法の目的から言えばある意味当然のこと。逆に言うと、種苗法に守られていない、つまり育成者権が取得されていない種子なら、自由に採取し播種できます。当然ですね。
 もしかすると「種苗法」を「特許法」と言い換えてみたら、このあたりは分かりやすいかもしれません。

 一方の農民の権利。これは1993年に発効した「生物多様性条約(CBD)」で国際的にはその基礎となる考え方が認められました。
 第1条に「生物の多様性の保全、その構成要素の持続可能な利用及び遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分をこの条約の関係規定に従って実現する」とあります。制限されることなく種子を利用し、仮にそこから利益が生じたら公平に分配しましょうということです。
 国内法としては、15年後の2008年に「生物多様性基本法」が成立しています。

 とはいえ、これはまだ生物一般の話で、農業の話ではありません。最初に述べた「植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV)」がある中で、「生物多様性条約(CBD)」の理念をどう具体化するか、国際社会で議論が続けられました。

 そして2004年。「食料・農業植物遺伝資源国際条約(ITPGR)」が成立します。第1条にこうあります。

この条約は、持続可能な農業及び食糧安全保障のため、生物多様性条約と調和する方法による食料及び農業のための植物遺伝資源の保全及び持続可能な利用並びにその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分を目的とする。

 種子の保全と持続可能な利用、そこから生じる利益の公正な配分。ここにようやく、農民の権利がうたわれたのです。
 日本は2014年に加入しました。加入からまだ間がなく国内法は未整備です。
 法的には未整備ですが、関連施策には大きな影響を与えており、「農業生物資源ジーンバンク」の整備や産官学共同の遺伝資源収集プラットフォームの構築などの取り組みに反映されています。

まだまだ「育成者権」に目がいく今だから

 国連では、2018年9月に「農民の権利宣言」を採択しました。
 その19条に「小農と農村で働く人びとは種子に対する権利を持ち」「締約国は、種子の権利を尊重、保護、実施し、国内法において認めなければならない」という文言があります。
 残念ながら、日本はこの宣言の採択を棄権しました。農民の権利の考え方は良いとしても、「種子の権利」などについてはまだ議論が未成熟というのが理由です。

 一方で、農林水産省の「農林水産業・地域の活力創造本部」においては、今まさに果物や和牛などの遺伝資源を保護するため、知的財産保護の強化が議論されています。

 あれ、育成者権はがんばるけど、農民の権利は? って思っちゃうのは仕方のないところかもしれません。

 育成者権は、法的に保護すれば、あとは市場の原理で動きます。大手ほど多くの権利を取得し、競争もしつつ、市場を広げていくことでしょう。
 一方で農民の権利は、市場の原理では保護できません。「広島県農業ジーンバンク」「富士山麓有機農業推進協議会シードバンク」「安曇野たねカフェ」のように民間でがんばられている事例はあります。それでも、基本は 「誰もが自由に使える」公共財として、国や自治体等が支えていかなくてはならないものと考えます。

 請願名に「公共財としての日本の種子」と入れた理由は、そこにあります。農民の権利を守るには、日本の種子をパブリックアクセス(公共財)として、国や自治体が支えることが欠かせません

 そんな思いを丹波市議会から日本政府に届けること。
 具体的には、日本が2014年に加入した「食料・農業植物遺伝資源国際条約(ITPGR)」に基づく国内法を整備し、農民の権利を保護することで、農業者が安心して種子を入手し育てられる環境整備につながるようにする。

 おそらくは、日本でも先進的な目線を持った、本質的な意見書になることと思います。この意見書をきっかけに、種子法復活云々と目先の議論に熱くなっている風潮が変わり、骨太な議論に進むことを期待します。

 委員会報告を受けて、全議員による最終的な請願の採決と(採択された場合の)意見書の採択は、26日(水)の本会議で行われます。

「農民の権利としての「種子」」への2件のフィードバック

  1. 今回請願書を提出させていただいた「タネから農・食ネット」の東間です。
    小橋議員の「農民の権利としての“種子”」を読ませていただきました。
     正直、ここまで議論が深まるとは予想していませんでしたので、大変興味
    深く拝見いたしました。まさにおっしゃるとおり私たちの目指すところは、
    「農民の権利としての”種子”」を国や自治体が支えることを強く望んでいま
    す。請願書をめぐる話し合いが一時暗礁に乗り上げ、「種子法復活」に拘る
    ことに意味があるのか考え、もっと大きな枠組みで考え直そうと思い、国連
    の持続可能な開発目標(SDGs)と同じく国連の「小農の権利宣言」および
    今年から始まった「家族農業の10年」への取組みという視点で、この請願問
    題をとらえ直して見ました。折しも都道府県における全国的な種子条例制定
    の動きの中にも長野県の種子条例案に見られる「種子法の枠内に限定せず、
    野菜等の在来種子を含む」条例化の動きが各地の条例制定の内容に大きな変
    化をもたらしていました。最近では鳥取県の条例案で主要農作物を特定農作
    物と置き換えました。また余り農業が盛んではない沖縄県では「生物多様性
    種子条例」制定の動きが始まるなど、劇的とも言える変化が起こっています。
     こうした動きは今後も各地で広がっていくでしょう。丹波のこれからの農
    業の持続的な発展を可能にするために、農と食にかかわる全ての人々が一緒
    になって取り組んでいくきっかけとなるよう、議員の皆さんと共々にさらに
    議論を深めて参りたいと思います。私たちとは異なる立場にある方々とどう
    今後関わっていくのかという点で、その相反する視点から、私たちの目指す
    目標を実現できる方向性を見いだしていくことの重要さを学ばせていただい
    たと思います。有り難うございました。今後もよろしくおつきあい下さい。

  2. ありがとうございます! はい、ぼくとしても、ここまで深めていただいた皆様に感謝しています。立場は相反するとしても、勝ち負けより熟議を重んじることで、得られるものがあると信じています。

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